昭和医療技術専門学校は臨床検査技師を養成する東京の専門学校です

受験の皆様へ

卒業生からのメッセージ

本校卒業生のメッセージです。

下記メッセージにつきましては本校卒業生にアンケートを行い、3年間過ごした素直な感想を書いてもらい掲載しましたので、参考にご覧いただき、本校の雰囲気を少しでも知っていただければと思います。実際、アンケートの中には良い意見、また少し厳しい意見とさまざまですが、良い意見のアンケートだけを抜粋して掲載したのではなく、正直な生の声としてご覧下さい。 ご覧になりまして、もし興味をお持ちいただきましたら、ぜひご自分の目で実際の雰囲気を確かめてもらうためにもオープンキャンパスや学校見学にご参加いただき、今後の学校選びの参考にして下さればと思います。
どうぞお待ちしています。

昭和医療ってどんな学校? 卒業生からのメッセージ

S . M さん

この3年間は私たちにとって人生で1番辛く頑張った時間でした。東京に上京してきて慣れない環境と周りに知り合いがいなく頼れる人がいないということが、初めはすごい辛かったです。しかし、今は3年間頑張ってきて本当によかったなと心から思います。先輩たちが3年連続で全員卒業・全員合格という目標を達成していて、今年は正直絶対に無理だと思っていたので、今年もこの目標が達成できて本当にうれしかったです。校長先生がすごい顔をして前置きを話していたときは、あーやっぱりだめかと本当に思いました。この後どーなるんだろうとかすごい頭の中がぐるぐるしてて、試験を受けに行った時より緊張しました。多分10年くらい寿命縮んだと思います(笑)
私は3年前、大学生を目指していました。結果的にダメで昭和医療技術専門学校に出会ったのですが、私は今、この学校でよかったと心から思います。大学生みたいな自由はないし、忙しいけど、今国家試験に合格できて笑っていられるのはこの学校にいたからだと胸をはって言えます。
私は尻が重いので誰かにケツを叩かれないと行動に移せないタイプです。もし大学生だったら、今のように笑うことはできなかったかもしれない・・・と思いました。私には、忙しくても週6日学校という生活スタイルが合っていたのではと改めて感じました。本当に本当に3年間忙しくて、1日24時間では足りないと何度思ったか数えきれません。裏を返せば3年間本当に充実していました。
あっという間に学生生活が終わってしまいました。これからは、社会人として責任を持って働かなければいけません。これからも失敗して落ちこんで嫌で投げ出したくなることもあると思いますが、めげずに頑張りたいと思います。
なんだかんだ文句ぶーたれながらも、すごく充実していて、なんだかんだ忙しい環境の中でも楽しんでいる自分がいました。それは、気の合う仲間がいてくれたことがなによりの心の支えであったからです。昭和医療技術専門学校で出会った全ての人に、今は感謝の気持ちでいっぱいです。朝早くから授業してくださった先生方、一緒に頑張ってきた仲間、遠くから心配してくれている両親に「ありがとう」を言いたいです。ありがとうございます!!!

T . A さん

専門学校で過ごした三年間は、人生の中で1番成長できた三年間でした。三年前、電車の乗り換えもできず、右も左も分からないまま静岡から出てきて不安しかないまま学校がはじまりました。一年の最初は、学校も馴染めず、授業も難しく、教務課も厳しく、すごい辞めたい時期もありました。二年生に進級してからは、実習の毎日で谷口先生に体のことを心配してもらったり(笑)、あっという間に時間が過ぎていきました。そして三年間で一番辛かった臨地実習が始まって本当に嫌で土曜日に学校行くのが楽しみになって自分にとって学校が大切な場所になりました。
臨地実習を終え、成績悪く、C組のリーダーに任命され、すごい嫌だったけれど今考えればそれがあったからこそ頑張れたと思います。本当に良かったです。感謝でいっぱいです。
今三年間を振り返ってみると、すごい短くて、濃い時間でした。34期生は、すごい個性が強くてまとまりが悪い学年だったけど楽しかったし本当に34期生で良かったと感じています。国試が終った時は、絶対に全員合格できないと思っていたけれど、全員合格と分かった時は、本当に嬉しくて言葉が出ませんでした。
全員合格を達成できたのは、34期の粘り強さと教務課の熱い指導があったからだと思います。国試会場に教務課全員が応援にきてくれて本当に安心しました。こんな学校は、絶対に他にはないと思います。自慢の学校だと改めて感じました。本当に三年間お世話になりました。
ありがとうございました。

K . I さん

まず、3年間という長い間お世話になりました。先生方はもちろん34期のみんなにも感謝の気持ちでいっぱいです。振り返ってみると学校生活は濃すぎました。週6で一緒だったのでこれから会わなくなると思うとさびしいです。大一番だった国家試験は、忘れられない思い出です。朝から緊張に包まれみんなが口頭試問をしていました。大正大学の門の前で全員で写真を撮っていた学校は昭和だけだと思います。前を通る学生たちもびっくりした様な顔でした。やはり昭和は変な人たちの集まりだと改めて感じました。けれど、それが最大の良さであるとも思います。試験会場もみんな連番で一緒だったのでホーム感が凄かったです。終えてみると間違えた問題に目がいきすぎて不安が大きかったです。結果発表までは緊張でどうにかなりそうでした。校長先生のお話で、だれか落ちたのかもしれないと思ったけれど、「全員合格」という言葉を聞いた時、みんなの笑顔と涙と喜びが一気に起こりました。それはとても幸せな時間でした。お疲れ様おめでとうという言葉に嬉しさが増しました。この仲間で頑張れてよかった、むしろこの仲間だったから頑張れたと心から思います。みんなが同じ目標に向かって頑張れたこと、そして達成できたことが私にとっての大きな糧となりました。社会人になっても頑張ります。私の3年間は全力で努力し、笑顔で楽しんでキラキラした時間でした。大切な思い出です。本当にありがとうございました。

M . T さん

私は、この学校に入学するまで、人見知りでした。地元の友達からは「人見知りだし、田舎者だから、なめられないように友達早くつくんなよ!!」と言われる程でした。この学校に入り、初めて自分から声をかけるという行動をしたと思います。1年生のときの日本語表現や生命の倫理では、自分から意見を発することを学びました。2年生のときの医療人特論は、私たちが知らない世界のことを知ることができ、考えや意見が深まったと思います。そして、3年生の臨地実習では、自分から行動すること、社会の中で自分がどうあるべきかを考えさせられました。このようなことから、私はこの学校で、広い意味でのコミュニケーション能力を身に付けることができたと思います。3年前の私は、今、こんなにも新しい人たちと話したり、遊んだりできていると思ってないと思います。地元の友達にも帰ったときは「人見知りなくなったね」「雰囲気変わった」と言われます。3年生ではオープンキャンパスをお手伝いさせていただき、すんなりと初めて会う人たちとしゃべれて自分でも正直少し驚きました。だんだんと人と話すことが楽しくなり、この学校をもっとよく知ってもらおうと、話す順番を変えてみたり、人によって話し方を若干変えたりしました。自分の考えをうまく伝える方法や手段を学べたと思っています。臨床検査技師にとって知識や技術を身に付けることは大切だと思いますが、それよりもどれだけコミュニケーションがとれるかが、1番大切なことだと私は思います。患者さんの気持ちを一瞬で読み取り、適切な行動をとれる検査技師になりたいです。また、一緒に働く人が今、私がどのように行動して欲しいかを考えたいと思います。検査技師としても社会人としても可愛がられる人間になりたいです。
勉強の面では、私は臨地実習に行ったことが変わったと思います。技師さんから教わったことを学校で友達に言うと、病院ごとに若干やり方が違ったり、私がやらなかった実習を聞いたり、勉強の話でこんなに盛り上がるんだと思いました。
実習先病院での4月のテストから9月のテストでは40点近く点数を上げることができ、うれしかったです。しかし、○○部長から、「今までどれだけさぼってきたか分かるな」と言われ、図星だったのを覚えています。4月から社会人として働く上で、さぼるということは許されないと思います。常に、自分ができる限界まで物事をこなしていきたいと思います。私が今までの人生で1番変われたのは、この3年間だと思っています。本当にありがとうございました。

Y . H さん

私は「人生で一番頑張った、と胸を張れる経験」をしたくて、臨床検査技師を目指し、昭和医療技術専門学校に入りました。実際に今、3年間を振り返ってみると、本当によく頑張ったな、と自分でも思うことができます。勉強はもちろんですが、毎日学校に行くこと、遅刻をしないこと、提出物をしっかり出すことなど、様々な生活面に対しても頑張ったと思います。それはあたり前の事をあたり前のように指導してくださった先生方・学校の環境のおかげで頑張ってこれたのだと思います。
一番辛かったのは、やはり3年生です。病院実習は特に、肉体的にも精神的にも大変でした。ですが色々な分野を長く経験することができ、多くのことを学ぶことができました。それらは全て国家試験にも繋がったと思います。
また就職後の予行練習にもなったので、半年間も実習を行えたのは、とても良い経験になりました。実習が終ってからは、私は学年で最下位にならなければいいやと思っていました。そんな私が最下位になった時、香取先生が「やればできるよ!!」と声を掛けてくださったおかげで、私は全力で国家試験と向き合うことができました。
3年間を振り返ってみて、昭和医療技術専門学校に入学して、本当に良かったです。もし違う学校だったら、もうとっくに辞めていたと思います。全力で頑張れる環境、それを全力で応援してくださる先生方、みんなで応援しあえる友達など、こんな素敵な専門学校は昭和医療技術専門学校だけだと思います。ここで学んだことを忘れず、立派な臨床検査技師になれるようこれからも頑張りたいと思います。

M . H さん

3年間ありがとうございました。
この3年間は、毎回何かあると感想文を書かされたり、レポートも多く、めんどくさいこと・大変なことが沢山ありました。ですが、この学校で、この3年間でしか経験できないことばかりでした。特に、他の学校に行っていたらお会いできないような方々のお話しを聞き、臨床検査技師のトップの方がどのような考えをもっているかや、全く異なる職種の方でも、人としてどこかつながるものがあると感じたりと、とても良い経験となりました。さらに、実習の時間も多く、今現在ではどこの施設もやっていないような測定の原点となる方法で測定したり、何かあった時に役立ったり、国試にもでるような方法でした。実際に、2年生の時の実習や病院実習で習ったことも国試に出ていました。
3年生になると、病院実習や国試の勉強と、大変なことばかりでした。しかし、周りに友達がいて話ができたり、国試の勉強では、勉強できる人が授業をしてくれたりと、周りの協力があったから、今、全員で合格している自分がいるのだと実感しています。これだけ多くの人が互いに協力し合って何かを成し遂げるということは今後、ないかもしれませんが今回のこと以上のものを成し遂げられるように、物事に真剣に向き合っていきたいと思います。
本当に3年間ありがとうございました。

T . Y さん

入学当時は、勉強と学校生活との両立だけに集中し、あまり目立たないように過ごそうとまで考えていました。しかし、学校行事などを通して、学年の仲間との交流が増え、人生において最高の仲間に出会えたとも思えるようになりました。
2学年に上がると勉強が忙しくなることはもちろん、様々なイベントでも中心的役割となり、とても大変な1年になりました。それでも、学年で団結し、みんなで達成した瞬間を多く味わえる年になりました。自然と学年の絆も強くなっていったと感じました。
第2学年の夏には、私にとってとても思い出に残る出来事がありました。第9回日本臨床検査学教育学会学術大会への演者としての参加です。臨床検査技師の教育という視点でOSCEを中心に考える時間は私にとってとても貴重な時間となりました。チャンスを与えてくださった先生方にとても感謝しています。
第3学年になるとすぐに病院実習が始まり、今までの学校生活とは全く違う生活の毎日でした。病院では技師長先生をはじめ、検査技師の先生方には仕事内容や勉強麺だけでなく、人としても大きく成長させていただきました。実習先にも恵まれ、本当に感謝しています。
同時に国家試験に向けての対策も始まり、本格的に全員卒業・全員合格に向けての取り組みが始まりました。ペア勉強やグループ勉強の成果が出る人となかなかでない人がいるなか、模試の結果が出るたびに委員の中で試行錯誤する日々でした。夜遅くまで会議を行うこともあり、委員のみんなには、本当お疲れ様と声を掛けたいです。しかし、委員の6人は誰が欠けても成り立たなかったメンバーだと思っています。一緒に頑張ってこれて良かったと思っています。全員で卒業が決まった時は、いよいよ国家試験一本に向かっての勉強が始まり、国試前日まで夜遅くまで、学校やその他の場所で勉強し、大変な時間が続きました。国家試験当日は予想よりも難しく感じる問題が出題され、みんな、落ちこんで終わったものになってしまいましたが、翌日の自己採点では全員合格の言葉を聞けるという最高の結果が出せたことに本当に嬉しく感動する瞬間でもありました。校長先生の名演技に、誰か落ちたんじゃないかと感じさせられましたが、全員で合格することが、こんなにも嬉しいものだとは自分でも思っていなくて、びっくりするほどでした。しかし、この瞬間のために頑張ってきたんだと感じ、本当に頑張ってきて良かったと思いました。正直、3年間で辛いことの方が多かったと思います。しかし、最高の仲間、先生方に出会えたこと、そして自分が人としても医療人としても大きく成長できたのは、昭和医療で過ごした3年間があったからだと思います。
昭和医療で得たものを大切にし、これからも頑張っていこうと思います。
本当にありがとうございました。

M . Y さん

この3年間を振り返ると、自分を成長させるとともに、たくさんの人に支えられてきたなと思いました。
1年生の時は、実習もなくずっと書き続けるだけで今思うとすごく懐かしいです。勉強だけでなく、友達との時間を楽しんだりできた1年でした。2年生では、実習が始まりレポートでとにかく忙しかったです。でも、実習でしか学べないことも多く、楽しかったです。
台湾の旅行は、いい思い出です。3年生では病院実習が大変でした。最初はちゃんとやっていけるか不安でしたが、友達の支えもあって乗り越えることができました。病院実習に行ったことで、自分自身を成長させることができました。また、患者さんと接したことで、患者さんの気持ちが分かるようになりました。病院実習が終わってからは国試の勉強で大変でした。1、2年生の時とは違って理解しないといけなかったので、尚更大変でした。あまりの成績の伸びの悪さに精神的にきてしまって、家族や友達の支えがなかったら、きっと諦めていたのかなと思いました。
東京に来てからは一人暮らしをしたことで、勉強面だけでなく、生活面でも自律できたかなと思いました。一人暮らしを3年間できたのも両親のおかげなので、感謝したいなと思いました。また、勉強面では先生の支えがあったからこそ、国家試験に合格できたのかなと思いました。試験会場に先生達が来てくれたときはこんなにいい先生はいないだろうなと思いました。顔を見て大丈夫と言われた時は安心しました。こうして3年間やってこれたのは、たくさんの人が私を支えてくれたからだと思いました。なので、これからは今まで支えてくれた人たちのためにも一生懸命働きたいと思いました。そして恩返し出来たらいいなと思っています。3年間ありがとうございました。とても充実した3年間になりました。また、この34期生で良かったです。

Y . K さん

校長先生をはじめとする、教務課の先生方、事務課の方々、3年間ありがとうございました。先生達のおかげで全員卒業、全員合格出来たと思います。1年生の時に行った高尾山や教育キャンプ、2年生の時の研修旅行、いろんな行事があって楽しかったし、毎日が充実していて、濃い3年間でした。なかでもやっぱり、一番楽しかったのも、辛かったのも3年生になってからの1年間でした。
3年連続100%という先輩方の素晴らしい結果は、言葉に上手くできないくらい大きなプレッシャーでした。実習と国家試験の勉強の両立は想像以上に難しく、点数に伸び悩み何をしたらいいのか、何度も分からなくなりました。そんなとき、勉強を教えてくれた友達やアドバイスをくれた友達が周りにはたくさんいました。支えてくれる仲間、同じ目標に向かって一緒に戦っている仲間の存在がとても大きく私も頑張ろう。そう思えました。学校に国家試験を取るために入学して3年間生活の中心に勉強があって、結果を残さなければ意味がないと思っていました。試験当日は問題を解きながら、難しいだめかもしれない。と感じた以上に絶対に受からなきゃ。という気持ちで臨めました。校長先生から全員合格と言われるまでは、ずっと緊張がとれませんでした。固く結ばれたひもがすっとほどけたような気持ちになりました。全員で合格できたうれしさ、喜びを共有出来たこと。全員で試験に挑戦できたこと。本当に34期生のみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。
いろんな事がありましたが、このメンバーだったから達成することが出来たのだと思います。この学校に入学して私は勉強だけではない、沢山のことを学びました。4月から社会人、1人の医療従事者として働きます。学校で学んだ事を活かしていきたいです。この3年間は私のかげがえのない宝物です。

H . Y さん

3年間を振り返ると本当に色々な事がありました。嫌な思い出も楽しい思い出もいろんな事が蘇ります。文系でスポーツしかやってこなかった私が、医療系の学校でやっていけるのか?と最初は不安でしたが、なんとか卒業して合格することができました。2年次はクラス委員をやらせて頂いて、今まで経験したことのないことだったので、そこでも色々な経験をしてクラス委員を任せてもらわなければわからないことが沢山ありました。2年次は自分の中で臨床検査技師を目指している意味や本当にこれが自分のやりたいことなのか?と思い悩む時期がありました。そんな時に、校長が親や友達に話せない様な事を親身になって聞いて下さって本当に第2のお父さんの様な存在でした。とても感謝しています。実習が始まり、思い通りに行かない日々が続き違う環境にもなかなか慣れずに社会人の大変さを学びました。しかし、その中でも実際に患者さんと触れ合ったり、生の現場を目の当たりにすることで自分はこの仕事を目指して良かったなと、臨床検査技師に心からなりたいと思わせてくれるような実習でした。学校に帰ってきてからは、毎日朝から晩まで勉強して…けれどなかなか点数が伸びずにとてもつらかったです。そんな時にはペアの人の支えがとても大切で、焦っているときこそペアと勉強することで点数にもつながり、1人ではやってこれなかったことなので本当に感謝しています。国試が近づいてくるにあたって、“全員卒業・全員合格”をしたいという気持ちが大きくなっていきました。国試当日は緊張ではなくてついに終わってしまう…という気持ちでした。大人になったら、何か一つのことに対してこんなに大人数で目指したり、頑張ることはなくなってくるので寂しくも思いました。自己採点をして、全員合格と言われた時は本当に心から嬉しくて、実感がすぐに湧かず涙も出ないくらいぽかんとしてしまいました。嬉しいと思う気持ちも自分が受かったからでなく、全員で合格出来たことに対して本当に感動しました。34期全員でここまで頑張れたことは誇りに思っています。昭医に入って人間的に成長できた部分が多いと思います。ここで学んできた事を自分の糧にして昭医卒ということに誇りをもって4月からも頑張りたいと思います。3年間本当にありがとうございました。

M . O さん

3年になってから、臨地実習を含め約1年間、国家試験に向けて勉強してきました。半年間実習に出ている間は、ただ実習に必死で国家試験の勉強をしようと思いながらやっているわけではありませんでした。でもどこの検査室にいかせて頂いても、私たちを国家試験に受からせようとしている思いを感じ、自分たちがたくさんの人たちに応援されていることを実感しました。
学校に帰ってからは、やる気はあるけど何から始めて良いのかどんな勉強をすれば良いのか分からないまま、何回か模試を解いていました。しかし、キャンプや普段の授業で「まとめるんじゃなくて覚えるんだよ!」と先生に言われて、今までの自分に足りなかったことが分かり、勉強方法を変えました。少しずつ成績が伸びていって本当に嬉しかったです。成績が伸びないときも、点数が落ちたときもいつも先生が何気なく言ってくれた言葉でもっと頑張らなきゃと思いました。考えてみると、3年間どんなときでも、先生方の言葉で助けてもらっていました。昭医祭委員になったきっかけも、怒られて泣いたときも実習で辛かったときも、心が折れそうになったときも、校長先生や香取先生が話してくれた言葉で、自分が今やらなきゃいけないこと、考えなければいけないことがみえました。あんまり誉めてくれないけど、必ず力になってくれる先生方が3年生皆の心の支えになっていました。国家試験前も勉強すればする程怖くて不安になりました。でも壮行会で昭医の温かさを改めて感じ、きっと皆が一緒なら大丈夫だなと思えました。本当に全員が同じ目標に向かいそれを全員が達成することは難しいことだと思います。ここまで苦しい事も多かったけど諦めずにやってこれて、そして最高の結果を出すことができて本当に良かったです。周りで応援して頂いた方々には感謝しかありません。本当にありがとうございました。34期でいることができて良かったです。

H . T さん

この3年間は当時はとてつもなく長く感じましたが、今となってはあっという間でした。自分にとってこの学生生活は今までで一番の宝物となっています。
高校生の夏に臨床検査技師の道を見つけ、目標ができたものの、入る学校はどこも決めていませんでした。そのときは専門学校なんて何処も同じだろうと考えており、自分の家から程近い学校に使用と思っていました。見学も行き、悪くもなかったのでそこに決めていたのですが、母にここも良さそうな所だと言われ、教えてもらったのが昭和医療技術専門学校でした。自分の中でもう決めていたので面倒臭がってオープンキャンパスにも行く気はありませんでした。しかし、母に押されて、オープンキャンパスに出るだけ出てみました。そこで出会ったのが山藤先生をはじめとする教務課の皆さんでした。そして僕はこの学校の魅力にすっかり引き込まれました。こんなにも熱い熱意を持って語りかけてきてくれる先生がいるのかと感動しました。これが僕が入学を決めたきっかけでした。最初に決めた学校を悪く言うつもりはありませんが、そこに入学していたら無難に頑張って、無難な学生生活を送って無難に卒業していたのではないかと思います。しかし、昭和医療ではそこでは得ることの出来ない様な事を学ぶことができたと思います。自分の小さな選択1つでその先の人生が大きく変わることを痛感しました。人生は選択の連続だということがよくわかりました。あの時の母の言葉を受け入れたおかげで今の自分があると思います。このことだけに限りませんが、母には感謝しきれません。
そして、自分の中で、学生生活を通して大きく変わったことがありました。それは人間関係です。高校では、うじうじしていて自分から話しかけることができない人見知りでした。昭和医療に入ってからもそれは変わらず、人見知りのままでした。入学してから日も経ち、続々と仲の良いもの同士でグループが形成されていました。その中で僕はやはり馴染めずにいました。そうしていると1人のクラスメイトが話しかけてきてくれました。彼の話はおもしろく、趣味が同じ事もあってか、すぐに意気投合できました。男女関係無く話しかけ、仲良くなる様を見て、尊敬し憧れるようになりました。僕も心を開き自分から話しかけてみると、うじうじしていた時間がもっていないと思えるくらい誰とでも打ち解けるようになりました。僕は友達を作らなければと焦っていましたが、友達は作るものではなく、勝手にできるものなのだと思うようになりました。お互いに笑って話しができればそれだけでもう友達だと思うようになりました。3年生になった今はクラス全員が友達だと思っています。だからこそ、皆の前にでても臆さず発言できるので、クラス委員の責務を果たす事ができたと思います。
そして、もう一つ変わったことは勉強に対する意識です。今までは自主的に行うことが苦手で、授業や課題等与えられたものをただ受動的にこなしていました。しかし、2年生になって多くの先生方から授業に対する意識をしかって頂いて、そこで目が覚めました。普通だったら、授業態度がよくないのが悪いとなって、そのまま何も言ってくれなかったり、叱ったりする事はないのだと思います。けれどもこちらでは、良くないところをしっかりと叱って頂いたおかげで、反省し、改善する時間を与えてもらいました。僕たちは何の為に勉強しているのか、先生方のために勉強しているのではなく、自分たちのために勉強をしているんだということを改めて確認できました。こうやって叱って頂けたからこ全員卒業、全員合格を達成する事が出来たのだと思います。そして、人間学、生命の倫理、看護学、医療人特論様々な授業のおかげで、医療人としての在り方を学ぶことができました。いのちの尊さや、人を理解して受け入れる心、人の意見を尊重し、真心を持った思いやりのある接遇など多くの事を身につけることができる、とても有意義で素晴らしい時間でした。文武両道という言葉だとまた少し違う気もしますが、勉学の文とこういった考えや行動を武とするならば昭和医療生は全員が文武両道であると言えるでしょう。「文」だけでなく「武」の力があったからこそここまでこれたのだと思います。
最後になりますが、山藤先生やこんな僕らの担任を最後まで引き受けて頂いた香取先生をはじめとする教務の方々、人知れずサポートして下さっている事務課の方々、わざわざ時間を割いて来て頂いた講師の方々、お忙しい中多くの事を丁寧に教えて下さった病院実習先の方々、その他昭和医療技術専門学校に関わっている方々のたくさんの支援があって臨床検査技師になることができました。皆様には本当に感謝してもしきれません。卒業してからもこの3年間を忘れることは一生無いと思います。こんなどうしようもない自分たちに最後の最後まで気に掛けて良くして下さって本当にありがとうございました。

ページの先頭へ