東京都内で唯一の臨床検査技師教育に特化した実績ある伝統校

昭和医療技術専門学校

学校生活を振り返って ~卒業生より~

38期

Y.R

 昭和医療での3年間が始まるのか…と不安と緊張と期待でいっぱいだった入学式を、今でも覚えています。三村先生の「念ずれば花開く」という祝辞の言葉は、心に残っています。知り合いが一人もいない場所だった東京でしたが、今では、学校の友達、バイトで知り合った他の学校の友達、マンションの管理人さん、いろんな人に支えてもらってこの3年間を過ごすことができたと、感謝の気持ちでいっぱいです。何より、学校に行けば誰かに会えるとか、事務課や教務課の前で挨拶をすると、返事が返ってくる、自分の居場所があることを感じられたことが、3年間、元気に学校に通えた理由だと思います。

私はこの3年間、教務課の先生方には、たくさんのチャンスを与えていただいて、様々な経験をすることができたと思います。1年、2年で参加した医学部のOSCEや基礎演習の司会、台湾旅行の実行委員、3年生ではオープンキャンパスにお手伝いとして参加させていただき、高校生の時オープンキャンパスに参加して感じたこととは違う立場で、学校について話すことができました。昭和医療でしかできない貴重な経験をさせていただいて、毎日が楽しかったです。3年間の中でも、今年が一番、人との繋がりについて感じられた1年間でした。実習先で働く先輩方や、技師さんに、臨床検査技師についてたくさんのことを教えていただき、応援してもらいました。教務課の先生、事務課の方、講師の先生方、自分の周りの方々の応援があったからこそ、国家試験に向かって頑張れたと思います。学年の皆と一生懸命頑張って、全員合格できて、3年間に思い残すことはもう何もないです。充実した良い3年間だったと、心から思える環境で卒業式を迎えられる、幸せだなと思います。昭和医療では臨床検査技師を目指すだけでなく、心の持ち方、人としてのあり方、医療人として必要なことを学ぶことができました。本当にこの学校に入学できて、3年間を過ごすことができてよかったと思います。昭和医療の卒業生であると、胸を張って言える医療人になります。山藤先生、教務課の先生、事務課の皆さん、3年間お世話になりました。ありがとうございました。


M.N

 生きてきた中で一番勉強した3年間だったと思います。知り合いが誰もいない中で始まった学校生活で友人ができるのか、勉強について行かれるのか不安がかなりありました。しかし、1年生ではボーリング大会や、高尾山ハイキングや体育授業など仲を深める行事が多くあったことから、最初の1年で良い友好関係を築くことができたと思います。

2年生になってからはレポート提出の毎日でした。週に2つレポート提出というのが当たり前の毎日だったため、2年の後半では電車の中でレポートの内容を考えるなど時間の使い方が上手になっていくようにも感じました。

3年間の学校生活の中で3年生が最も濃い1年でした。特に病院実習は学ぶことが多くあり国家試験に通じるたくさんの知識を得ることができました。その他に現場の病院での業務や、臨床検査技師の方の姿を見ることができ、とても充実した6ヶ月間でした。実習を終えてからは勉強、勉強の毎日でした。勉強や模擬試験などをやっていると1、2年の時にちゃんと授業を聞いてきておいて良かったと改めて感じました。

国家試験対策の勉強はずっと同じペアで行ってきたのですが、一緒に学び、どんどん点数が上がっていく過程を共にすることができ、嬉しかったです。席順も前が良い、や、後ろが良い、などわがままをたくさん言いましたが、Kさんとペアにしてくれてありがとうございました。38期生は、先生たちにいろいろと迷惑をかけることも多くありましたが、最終的には全員合格することができ、とても嬉しかったです。


K.K

 昭和医療技術専門学校に入学した時は、本当に全員卒業、全員合格できるのか、不安でしかありませんでした。1年生の時の最初の授業は、聞いたことのない言葉がたくさんあって、ついていくのに必死でした。そして私は、すごく人見知りで、友達ができるか不安でしたが、行事などで周りのクラスメイトと話す機会がたくさんあったので、友達も作ることができました。1年生の時、一番苦手だった授業は日本語表現法でした。作文を書くのがすごく苦手で何を書いていいのかわからず、いつも文章を長く書くのが大変でした。ですが、たくさん文章を書く機会が多くあったので、最初の頃よりは文章を長く書けるようになりました。作文以外にも、人前で話すのが苦手で、緊張しすぎて、話す前は何を話そうか自分の中で決まっていても、何を言いたかったのかよく分からなくなっていました。少し人前で話すのに緊張してしまうことはありますが、最初の頃よりはあまり緊張しなくなりました。この1年間は初めてのこと、苦手なことに、挑戦する年だったと思いました。

2年生になってからは講義の回数が減り、実習が増えてきました。実習で一番印象に残っていることは採血でした。失敗したらどうしようという気持ちが強く、採血する相手にも申し訳ないなという気持ちでした。回数を重ねるごとに、その気持ちも少し減っていき、採血するのが割と好きになりました。

3年生になる少し前の時は、4月から6ヶ月間病院で臨地実習に行き、実際に現場にいる技師さんや、他の医療職の方々とやっていくのかと思うと、その頃はものすごく緊張していました。実際に臨地実習が始まると、私はやはり緊張していました。ですが、技師さんをはじめとする病院の皆さんが、優しく丁寧に教えてくださったので、毎日がすごく楽しかったです。実習中には来年からはこういう場所で自分も働くのかと思う時もあり、将来どのようにしたいかを考えることもたくさんできました。この6ヶ月間はたくさんの経験をさせて頂いたなと、終わってからすごく思いました。

臨地実習も終わり国家試験前になり、本当に自分は国家試験に受かるのか不安でした。ですが谷口先生が授業してくださり、担任の生江先生は、夜遅くまで学校を開けていただいたり、嶋津先生は毎朝、朝早くから学校を開けていただいたり、休みの日にもかかわらず、学校を開けてくださったり、香取先生、檜山先生、望月先生、講師の方々が、たくさん授業をしてくださったりした先生方のおかげで、無事に合格することができました。山藤先生は、差し入れをしてくださいました。そしてYUちゃんとYちゃんにも、たくさん助けてもらいました。周りの人に支えられて、国家試験に合格することができたんだなと思うと、もう感謝の言葉しかありません。これからは社会人として活躍できるように頑張っていきたいと思います。


T.A

 私は今までの学校生活の中で、最も充実した3年間をこの昭和医療で、過ごすことができました。小学生の頃に臨床検査技師という職業を知り、ずっと抱き続けてきた夢をこの学校で叶えることが出来て、良かったと感じています。この学校で過ごした3年間は土曜日まである授業、数え切れないほどのレポート提出、試験勉強......。辛かったことを思い返すといろいろとありますが、それ以上に楽しかった思い出がたくさんあります。

1年生の高尾山ハイキングやボーリング大会、ディズニー研修、2年生の台湾研修旅行、など、この学校でなければ出来ない体験をたくさんさせていただきました。3年生になってから臨地実習で勉強が大変なこともあり、くじけそうにもなりましたが、土曜日学校に来るともっと大変な思いをしている友達がいたり、先生方が励ましてくれたりして乗り越えることができました。

国家試験の勉強は人生の中で一番机に向かって勉強しました。もともと勉強が嫌いでできればペンすら持ちたくないくらいまともに勉強したことがなかった私が、ここまで頑張れたのは「全員卒業 全員合格」を自分のせいでダメにしたくなかったからでした。国家試験の自己採点で全員合格と発表された瞬間、頑張ってよかったと心から思いました。3年間お世話になった先生方には本当に感謝しています。昭和医療で学ぶことが出来て幸せでした。


S.A

 3年間ありがとうございました。3年間を通して楽しいことだけでなく、つらいこともたくさんありました。初めての電車通学と週6日の学校生活に慣れるのに苦労しました。週1の休みでも、テストが多く、大学生が羨ましいと思ったことが何度もありました。でも学校を通して自然と身についていることがあり、人としての礼儀を学ぶことができました。挨拶やメモをとることなど、人として成長できたのではないかと思います。

3年間の中で行事が多く、すぐに友達ができたり、多くの人と仲良くなることができました。特に3年の席替えがあったことで、多くの人と仲良く勉強でき、みんなで合格したいという気持ちが強くなった気がします。1、2年の時は学年の仲が良くないと思っていました。しかし、国家試験が近づくにつれて、全員合格したいという気持ちが高まったのは、全員の仲が深まったことと、先生方の熱意だと思います。先生方の期待に答えたい気持ちも、全員合格につながったと思います。3年間、卒業そして国家試験合格まで来られたのは、友達がいたからだと感じています。一人では絶対にここまで来れてなかったし、卒業すらできていなかったかもしれません。辛いこともたくさんあったけど、笑顔でいられたり、乗り越えられたのは、ほぼ毎日一緒に過ごした友達のおかげです。この3年間は先生、友達、家族、たくさんの人に感謝しかありません。本当にありがとうございました


K.N

 3年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。この学校に入学を決めたのは何かと考えてみました。母と姉が看護師で私も看護師を目指そうかと思ったけれど、女3人が同じ職業なのも何かなと思い、最初はなんとなくで決めてしまったと思います。仕事内容もよく分かっていなかったし、医療職という部分だけを見て決めました。入学してみたらやっぱり甘くなくて、軽い気持ちで入学を決めたことを後悔しました。でも今は何一つ後悔していません。自分の人生が決まるこの大切な3年間を昭和医療で過ごせたこと、本当によかったです。もちろん3年間楽しいことばかりではなくて、嫌だったことも辛かったことも悔しかったこともたくさんありました。でもそんなことをかき消すくらいに楽しかったこと、嬉しかったことたくさんです。そういう気持ちで卒業を迎えられるのも、ずっと側で支えてくれた家族、ライバル視しながら高め合ってきた友達、そして、しつこいくらいに愛情たっぷりにご指導してくださった先生方がいてくれたことです。本当に周りの環境に恵まれたなと思います。ありがとうございます。

今になって校長先生がおっしゃっていた「君たちは生きているんじゃなくて、生かされているんだよ。」という言葉がとても響きます。まだ全然未熟でへっぽこだった私をここまで育ててくださったこと、とても感謝しています。昭和医療じゃなかったらこんな幸せな思いしていないし、こんな楽しい思い出もなかったと思います。昭和医療に入学して本当によかったです。そして、もう一つ感謝です。私をたくさんの行事運営だったり、後輩への発表に選出してくださり、ありがとうございました。もともと人前で喋ることは得意ではないし、人を引きつけるような発表を出来るわけではないのに、「Kちゃんお願いね」といってくれるほど、頑張ろうと思えたし、経験していく内に自信が持てるようになってきたなと思います。自己肯定感が低すぎる私を成長させてくれてありがとうございました。先生方からいただいたたくさんの愛情を持って、4月から頑張ります。目標は超音波のプロになること、そして30歳までに結婚することです。未来が楽しみ!本当に本当にありがとうございました。


Y.A

 3年間ありがとうございました。勉強面、精神面、身体面も鍛えられたと思います。1年生の時は新しい生活で週6日も学校行って勉強かと思うと、大変でしたが、3年生になると、それが普通の生活になっていました。週6日も学校へ行く体力が作れました。2年生では、勉強がもっと大変になり、実習とレポート、テスト勉強に必死でした。このおかげで忙しい中でもやることをしっかりやる、体調管理をする力がつきました。3年生の病院実習では時には厳しい指導もありましたが、それでもたくさんの経験をさせていただき、感謝の気持ちも忘れず、たくさん学ぶことができました。国家試験の勉強にはこの学びがとても活かされたと思います。

実習が終わって国家試験に向けての勉強ではたくさんの先生、友人のおかげで、最後まで頑張れました。成績が上がらず落ち込んでいたときも支えてもらったこともあり、感謝しています。人生で一番勉強した時期になりました。就職も決まったのも、先生のアドバイスや、面接練習があったからだと感じています。4月から楽しみです。たくさん勉強できる環境、応援、ありがとうございました。全員で合格できて良かった。これからみんな、働く場所も決まって、バラバラになるけれどみんなが笑顔でいればいいなと思います。


M.A

 3年間この学校で学ばせてくださりありがとうございました。私の中で3年生が一番大きく成長できる年になったと感じています。臨地実習が6ヶ月間もあり、はじめの頃はいきなりの現場に慣れるのに時間がかかりましたが、同じ実習先の仲間と切磋琢磨し、6ヶ月間実りのある実習にすることができました。夜遅くまでレポートに追われているときも、連絡するとすぐに返信してくれたり、一緒に頑張ってくれた友達には本当に感謝しています。また、臨地実習が終わった後も国家試験や就職活動に力を入れる日々が始まりました。その時、模擬試験では5割もとれておらず、焦りしかありませんでした。しかしその頃、学校の富士山キャンプがあり、必死に眠気と戦って勉強したことで今後の自分の行動を改めるきっかけにすることができました。キャンプは2日目から就職試験のため参加することができなかったのですが、校長先生が教えてくださった面接の極意を練習したおかげで、内定を頂くことができたと思っています。本当にありがとうございました。

その後は、残る国家試験に向けて、学校で朝、特別講義が始まったり、勉強する日々が本格的に始まりました。ペア勉強ではKさんと一緒に口頭試問したり、眠くなったときは教室で動き回ったり、黒板に書いたりして有意義な日々にすることができました。中でも一番楽しかったのはカラオケにいって勉強と娯楽を交互に楽しめたことです。国家試験の2週間前にインフルエンザに罹ったりして大変でしたが、無事に国家試験に合格することができました。そして、全員卒業、全員合格ができて本当に嬉しかったです。自分ひとりでは怠けてしまうことがあったかもしれないけれど、友達が朝早くから夜遅くまで勉強につきあってくれたこと、先生方が休日にもかかわらず、学校を開けてくださったことに感謝しています。直前まで諦めずに最後まで教え抜いてくださり本当にありがとうございました。


S.M

 1年生では座学が多く、授業時間も高校に比べて長くなり、一日が長いなと感じました。入学前のリメディアル授業では化学とか生物とか全然分からなかったのに、隣にKさんがいて、自分は✕ばっかりだったのにKさんは〇が多くて始まる前から自分はやっていけるのかと不安になっていたけれど、気が付いたら1年生も終わり2年生になっていました。2年生は実習も多くて、1年生の時よりもあっという間だったし、自分的に楽しかったです。3年生の4月からはいよいよ臨地実習が始まるので、3月の終わりくらいからずっとそわそわしていました。正直、その時の入学式は、それどころではなくて次の日から始まる臨地実習のことしか頭にありませんでした。当日の病院に入るまでの緊張感は今でも忘れません。最初は不安だらけだった実習も長いようで短くて、技師さん達もとてもとても優しい人ばかりで、終わるときには、まだ実習していたいなと思うようになっていました。6ヶ月間もやっていけるかと思っていたけれど、本当に楽しかったです。

入学前の見学で卒業式の動画を見て、自分にもこの時が来るのか、ここまで自分はいるのかと思っていたけれど、気が付いたらここまで来ていました。国家試験会場では受験番号が連番だったので、周りが昭和医療の学生だったのが本当に良かったです。そんなに緊張せず、いつもの模擬試験の感じで受けることが出来ました。3年間早かったです。あと、体育をもう少したくさんやりたかったです。でも密かに狙っていた皆勤賞を取ることが出来たので満足です。3年間ありがとうございました。


S.W

 昭和医療技術専門学校に入学してから自分の想像していた学校生活とは異なり、とても忙しく大変だと感じることが多かったです。しかし、信頼できる素敵な仲間達と出会い、支え合ってここまで来ることができました。ボーリング大会、高尾山登山、山中湖キャンプ、校外でもたくさんのイベントを通し、仲間とともに同じ時間を過ごしてきました。このような様々なイベントを通して、3学年のみんなと仲良くなることができました。

3年生の時は半年間の病院実習と国家試験があり、1日1日があっという間に過ぎていきました。とても大変だったけれどみなで頑張ることができ、全員合格でき、うれしかったです。この学年は本当にたくさん迷惑をかけてきたけれど、最後に結果を残すことができたことを誇りに思います。先生方も私たちの学年を最後まで見捨てず育ててくださりありがとうございました。


H.A

 3年間ありがとうございます。あっという間だった3年間、いつも自分のことのように気にかけてくれる先生方と一生仲良くしたいと思える友達に出会うことができてよかったです。勉強だけでなく、人として社会人として医療人として大切なことをたくさん学ぶことができました。忙しかったけど、とても楽しい学校生活でした。いろいろな人の支えがあってたくさん成長することができました。全員合格した時、みんなで抱き合って喜んだこと一生忘れないです。3年間で学んだことを生かし、これからも自分らしく頑張りたいと思います。


M.K

 半年間の病院実習では、優しい臨床検査技師さんもいれば、厳しい臨床検査技師さんもいて、人それぞれだなと感じました。実習に行ったおかげで、病院のことをたくさん知れて学校では学べないことを知ることができよかったと思っています。私は人に優しく接することができる人になりたいと、実習を行って改めて感じました。実習が終わってからの半年間は勉強漬けで、今までこんなに勉強したとはないと思うくらい、勉強しました。本当に勉強できなくて点数が伸びなくて悩んだ時期もあったけど、毎日毎日、勉強して、できることが増えて、点数が伸びた時には、本当に嬉しく、特に富士山キャンプまでの2週間、朝、大変だったけれど、みんなで勉強して、楽しかったです。富士山キャンプは朝早くて、夜遅くて辛いって聞いていたけれど、そんなに辛くはなかったです。みんなと楽しく過ごせて良かったです。

先生方には頭が悪すぎて、迷惑たくさんおかけしました。特に、谷口先生と嶋津先生には、理解できるまで教えていただき、ありがとうございました。わからない問題を聞きに行っても、嫌な顔をせず、教えてくれて、本当に感謝しています。生江先生が担任の先生で本当に良かったです。あと私のわがままでずっとMさん隣の席にしてくれて、ありがとうございました。校長先生と香取先生からもらったお守り、一生大事にします。3年間この学校で過ごせて良かったです。ありがとうございました幸せでした。